今回は台湾の人々の信仰心の貴さを感じることができる廟のひとつ、屏東県萬丹郷にある萬惠宮を訪ねました。
萬惠宮の行き方
台鐵潮州駅で下車して、駅前正面ロータリーから伸びる中山路沿いにある、屏東客運の潮州バスターミナルへ向かいます。ここから萬恵宮のある萬丹郷へは、東港か屏東へ向かう路線バスを利用。ただし経路によっては萬丹郷へ寄らない便もあるので、乗車の際に運転手さんに行き先を書いたメモを見せて確認したほうがよいです。萬丹までは所要時間約30分ほど。
まず、バス停がある萬丹街とつながっている、萬新路へ向かいます。潮州から来た場合は、方向では戻るような感じ。屏東からでしたら、バスの進行方向へ向かってゆく感じです。途中、萬安古地という廟が見えます。そのそばを通って、もう少し歩く到着です。
媽祖拿炸彈紀念碑
正面から萬惠宮を見て左手に、媽祖掌炸彈紀念碑があります。石碑に刻まれた文章や萬恵宮でいただいたパンフレットを元に、紀念碑ができた由来を私なりにまとめます。
第二次世界大戦末期の1945年2月20午前11時頃、アメリカ軍のB25爆撃機が、萬丹上空に飛来。今の萬惠宮の向かいにある、萬丹國小に集結していた日本軍を標的に爆撃を開始しました。その時、萬惠宮のそばに落とされた爆弾は、近くの民家の軒下で不発弾として発見。一方、萬惠宮では三本の指が破損した媽祖像が見つかり、地元の人たちは、媽祖が身をもって人々と街を守ってくれたと考えるようなり、資金を出し合って、この時の不発弾を使った媽祖掌炸彈紀念碑を廟のそばに設置されました。
萬惠宮の内部をお参り
媽祖掌炸彈紀念碑をじっくり見た後は、萬惠宮の本堂の中へ入ります。頭上に掲げられているのは、歴代台湾総統の扁額。現在の蔡英文総統のものもありました。
お参りを済ませたら、じっくりと中の装飾を見てみます。教えを偶像化したアレコレが目に入ってきます。これらの教えがどんなストーリーなのか、想像してみると興味が尽きないと思います。もし、お連れの方がご一緒であれば、お互いの考えを伝え合ってみては。それぞれの視点の違いがわかります。また、萬惠宮の建設に尽力された李南・李開胡父子及び旧萬丹庄長を勤めた生田目與七の像が彫刻で施されており、是非探してみて下さい。
屏東県の小台南と呼ばれるくらい、萬丹郷にはたくさんの廟があります。それらを巡って街歩きするのもおすすめですよ。
萬惠宮の基本情報
住所:屏東縣萬丹鄉萬新路1660號